とらおみの短期投資ログ

デイトレ・スイングメインのラッコがマイナスから始めるブログ

負け癖のくだりを見て、書いておきたかったこと。

株を始めたのは2015年。去年の11月末。

※正確には口座は7月から開いておりクラウドワークス等、現物で買っていたが

楽天のマケスピすら知らず、楽天証券公式から注文するのでデイトレなどできず、損切りも知らず−18万で株はだめだと思ったがそれは除く。

株なんて危ないし資産を減らすだけのものとずっと思っていたから読んだ本なんてZAIから出てる株本一冊くらいだった。

でも、ふといつもの書店に行くといつもビジネス雑誌が置いてあるコーナーに、雑誌ではなく新書があった。「株こそが最強の投資である〜1億稼ぐテクニック〜」という本だ。

何故その本を手に取ったのかはわからない。普段なら株の本なんて絶対に買わないから。だがそれを読んでみて、これならできるかもしれないと思い130万からもう一度始めた。

当時買っていた株はSEホール、カイオム、トレイダーズH等の小型株。

銘柄選別は恐るべき仕手株銘柄というサイトで見て、初動で買っていた。

買いに入るタイミングはフル板を見て、勢いを感じた時にinしていた。その他にも、上がりそうだと思った銘柄をなんとなく買って、年末には資産が300万を超えた。

 

だが同時にうまく行き過ぎているという不安も感じていた。

自分に自信が無かったり、成功体験が少ない、あるいは自己自尊心が著しく低いタイプの人間は幸せに慣れていない為成功しそうになると逃げ出してしまう傾向にある。僕もそうだから、これは慣れないことに対する恐怖だと友達は言ってくれた。それでも不安は消えなかった。

 

その頃から、偶然が重なって中高時代の同級生と地元でよく合うようになった。みんなサラリーマンだ。今何をしているかという話題になった時、今は株をしていると言うと、空気ががらっと変わった。友人達はそこから会社の上司の愚痴や上司の送別会の話をはじめて、株の話になることは無かった。会社の人間関係事情等想像もつかない僕はもうそこから話に入ることはなかった。

元々持病で会社勤務が難しく、自営業者として生活している僕は普段から会社努めの人に対して引け目やコンプレックスがある。それが、取り返しがつかないくらい深くなったように感じた。

 

成人式の時に会った時、持病はそのままだがなんとか単位を獲得して美大に通っていると言った時、友人達は優しかった。株で僕が利益を出し始めたと言った時、友人達が僕を見る目が変わった。それがとても辛かった。

 

同時にその頃から、会社勤めをしている人を見る度に申し訳ないような気持ちになっている自分がいることに気がついた。

今、お茶を買っているコンビニの店員は、時給700円前後で働いている。この人の日給を、自分は数分で稼いでいる。それは良いことなのだろうかという思いがあった。

金持ち父さん貧乏父さんという書籍を読んだことがあるだろうか。その書籍の中では、人間を4種類に分類している。

・投資家

・大企業の事業

・小規模な事業

・労働者

の4種類だ。

 

僕は昔から普通の人になるのが夢だった。DV家庭で、あまり普通とは言えない家族を持っていたので、普通に友人関係を築ける同級生が羨ましかったし、その輪の中に自然に入っていけない自分が嫌いだった。発病して、それは更に困難になった。大学に進学した後は、制作に取り組む姿勢と温度差があまりにも辛かった。まるで、意欲的に制作をすることは馬鹿らしく奨学金でゲームを買ってそれを囲んで遊ぶ事が普通であるかのような錯覚を起こすくらい。温度差があった。

 

学生生活の中で”普通の人”へのコンプレックスはとても大きくなった。

新卒で入社をして一ヶ月で体調を崩して倒れ、退職した時、それはもう絶望的なものになった。

 

それでも普通の人へのあこがれは捨てられなかった。「君は変わっているね」といい意味でも悪い意味でも行く先々で言われるような人生から、何事もなく”普通”の輪の中に入って会話ができる事をいつだって望んでいた。

 

それが、決定的に遠のいてしまったと思った。

株をしていると言った時に言われたのはやはり「君は行動力が凄いけど変わってるね」という大嫌いな言葉だった。

 

それから、行く先々で話が食い違う。美容院でも、オンラインの友人同士でも。

僕は世間話というものができない。だから、話すことは主に仕事の事やこれから社会がどう変わっていくとか、その中での善悪といった話題だ。その中に仕事として株の話が入っただけなのに、会社に就いて働いている人と話すと、スッと、空気が変わるのだ。

「すごい」というのは褒め言葉ではなく「自分は君とは違うよ」という隔離のメッセージだ。

 

利益が出ている。それは生活する上で良いことのはずだ。

”普通”から遠ざかってゆく。それは僕にとって耐え難い苦痛だ。

 

自分の中で矛盾を抱えたままトレードをしていたある日、資産の1/3をドローダウンさせてしまった。その事に関しては別の記事で書いている。

たった15分の事だった。”普通”から離れてゆく自分と、自分から離れてゆく”普通”の人の温度差について考えつかれていた。3つのポジションを持ったまま少し横になった時、大幅な垂直落下があった。

 

ショックだった。株をはじめてはじめて同期ができたような嬉しさもあった。株クラスタのいるTLは自分が馴染めている職場のようで落ち着いていた。しかし、そのフォロワー達が一日で次々と退場していった。恐ろしかった。

 

その辺りからだ。逆の現象が起きた。”普通”の人達は、何故日経平均が1000円下落しても何も無かったかのように日々を過ごしているのだろうと思うようになった。会社員は日経平均が下がったからといって給料が大幅に増減するわけではないからあたりまえなのだけど、そこで更に温度差を感じた。

 

行き場のない孤独感に襲われた。

株価を見るとポジションを持っていなくてもパニックになる日が多く、薬の量が増えた。僕が何もできていない時に頑張っていると声をかけるかかりつけの精神科医ですら、株に関しては突き放すような対応だった。普通の人は、精神疾患持ちが株を始めたら、正気の沙汰じゃないのかと思うのかもしれないけれど。

 

それからだ。ポジションを持つことが怖くなってしまい、殆ど勝てなくなってしまったのは。

勝っていた頃は主に3日〜5日のスイングで利食いをしていた。

しかし、それは「なんとなくこれは上がる」という明確な根拠がない銘柄選びであり、暴落に巻き込まれたのが仕手株だった為、急騰する株には手をつけなくなった。暴落の後僕はテクニカル教本に固執するようになった。更に、持ち越しが恐ろしいからデイトレードしかしなくなった。MACD、30分足、一目均衡、ありとあらゆるテクニカルを駆使し震えながらポジションを持った。焦って損切りすることもあれば、テクニカルが通用しなくて負けた日もあった。負けが増えてどんどん資産は減った。

 

暴落の後、何を思ったのかTLで一番強そうな人にメールを送った。

パニックだったし、親しい人に理解されることもなく、誰かに今の状況を打ち明けたかった。生活面も含めて。いきなりのメールだから怒られるかスルーかどちらかだと思っていたが、その虎さんは励ましのメールを返してくれて、弟子にしてくれた。眞壁さんだ。

 

弟子にしてもらうといっても株のノウハウを教わるわけではなかった。もっと、根本的な、部分について、今も日々教わっている。

 

改めて40万からのスタートを切ったが、それでも利益はまだ一度も出ておらず、そこからの暴落。今のところドローダウンは9%と、致命傷までは行かずとも成果は出ていない。また、焦っていた。

 

負けトレードの反省として、メンタルのブレが大きかったのでクリスマスに貰ったバランスボードに乗って心をフラットにする練習を始めた。メンタルさえしっかりすれば、あとはテクニカルで勝てると思ったからだ。

 

そんな時、眞壁さんが「世の中には絶望が好きな人がいる」という文章に、「負け癖がつくと大変です」としめたツイートをしているのを見てはっとした。

 

子供の頃から、勝てたという経験がとても少なかった。とある携帯モンスターゲームの大会では小学生の時何度か全国規模の大会で優勝した事があった。それくらい。後日、機嫌が悪かった母親にゲーム機はトンカチで叩き割られた。相棒は殺されてしまった。家には僕の拾ってきた猫がいた。しかし彼はいつだって人質だった。僕がテストで100点をとれなかったり、母親の言うことを聞かなければ捨てる。ずっとそう脅されていた。自分の部屋で眠っていたら突然部屋に入ってきて首を絞められた。その時も機嫌が悪かったのだろう。その他にも書ききれないほど命の危険を感じた事があった。逆に、安心して眠ったことなど無かった。

当時小学1年生だった僕にとって人生の「勝ち」とは「母親を殺すこと」だった。包丁で寝ている母親の心臓を貫くイメージトレーニングも何度もした。だが考える度に直前に目を覚ました母親が僕の首を絞めて僕が絶命するイメージがよぎる。それが恐ろしくて何もできなかった。成人してもその思いは変わらなかった。僕の持病は母親からの遺伝でもある。呪いのようなものだ。家庭内で圧倒的弱者として生きてきた。父も祖母もそれをしょうがないこととして諦めていたから、環境が良くなることは無かった。一人暮らしを始めてからも毎晩母親に絞め殺される悪夢を見た。

 

結果として、その件は僕の「負け」で終わることになる。母親が癌で他界したと実家から連絡が来たからだ。

 

”普通でない”事による負け。

”母親に止めを刺せなかった”事による負け。

 

負けっぱなしでそれを特別と思うことは無かった。この記事を書くまで負けているとも思ってなかったし、今も実感が沸かない。

でも、「世の中には絶望が好きな人がいる」という言葉を見て、これは良くないことなのかもしれないと思った。

好きなわけではないが、自分が勝って自由に生きているイメージを持てたことがない。

 

もしかするとトレードでこれだけ”負け”ているのも、心の底で無意識にそれを望んでいるからではないかと思った。幸せになるという事がどういうことか分からないし、感じたことが少ない感情はおそろしい。

でも、その感情は求めて受け入れなければならないのではないか。たとえ、恐ろしくても。

 

今日、勝てないと呟いたら同時期に株を始めたフォロワーが「勝ちトレードを研究してみましょう」というリプを送ってくれた。

またもやはっとした。僕は自分が負けたトレードばかりを見直していた。問題点は浮かんでも、良い点が浮かぶはずがない。こんな簡単なことなのに、ずっと気づけないでいた。

 

勝つとはどういうことだろう。誰かを蹴落とすことだろうか。トレードに置いては、その側面が強い。

”普通”になれないのは、負けではないのだろうか。

普通になれない自分を許せるだろうか。多分、許して先に進まなければいけないのかもしれない。

勝つということがどういうことか理解できた時、僕は幸せになれるだろうか。幸せがどんなものかわからないけど。

 

ぜんぶ、ぜんぶ踏まえて、自分が”勝っていた”時のトレードを見直して研究しようと思った。それと、このことはどうしても書いておきたかった。

書いて、整理することで前に進めると思ったから。

 

今年また寒い季節が来る頃には、こんな記事も書いたな。と、静かに読み返していたい。”勝っている”僕として。